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ティモシーとは?/ ディック

[ 82] Timothy McVeigh
[引用サイト]  http://profiler.hp.infoseek.co.jp/mcveigh.htm

激増する犯罪、高すぎる税金、私利私欲に走る政治家、消えたアメリカンドリーム、そして人々は自分のことしか考えていない。アメリカは衰退している
保守的で安定した町の出身。ほとんど白人しか住んでおらず、治安が良い地域だった。父親Billはその父親が30年勤め上げた車工場で働いていた(GM車のラジエター工場)。ゴルフと庭いじりが好きで、日曜には教会に通い、弱者のために募金をし民主党と労働組合に所属、リトルリーグのコーチを勤め、T-シャツと野球帽という出で立ちの普通のアメリカ人だった。
父親は工場で夜勤で働いていたためマクベイ達は家でほったらかされていることが多かった。マクベイの友人の母親がよく様子を見ていたが、彼は礼儀正しく、何か問題があるようには見えなかったという。スケートボードや、庭先のバスケットボールのゴールで友人達とごく普通に遊んでいた。自宅の地下室で週末に「カジノ」を開いていた。
14歳の時、「核戦争に備えて」森の中に大量の食料を持ち込みキャンプしながらサバイバル訓練や銃の射撃練習をしていた。高校の時には付き合っていた女性はいなかった。学校には一日も休まず行っていたが、極度に痩せていたため、からかわれることがあった。人間関係は当時から苦手だったらしい。当時の複数のクラスメートも「シャイだった」と述べている。
武装した現金輸送車の運転の仕事に就く。当時の同僚によれば、銃への執着は異常だったと言う。前を遅い車が走っているとショットガンをもって怒鳴り散らすことがあった。
黒人への侮辱的発言が目立った。同僚に金を貸したり、車で送ったりして金を儲けていた。酒や女には目もくれず、サバイバル関係の雑誌や映画を大量に繰り返し見ていた。
ガードマンになり安い給料で軍と関連の企業の施設を巡回する退屈な仕事に就き、父親と一緒に暮らす。所有していた森林を「新しい人生が始まる」として売り払う。その年、警備会社では責任者に昇格する。
裁判は、「より公正な裁きを期すため」との理由から事件現場を離れてデンバー連邦地裁で始まった。これは陪審の偏見を避けるための措置だ。
検察側は138人の証人を立て、テキサス州のブランチダビディアン事件(93/04)の報復として連邦政府ビル爆破を計画、「第二のアメリカ革命」を引き起こそうとしたと主張。犠牲者の遺族や生存者、さらに事件発生直後に現場に駆けつけた警官や医師らの証言で、惨事がもたらした悲劇を克明に再現。「死刑のみが妥当」とした。
爆弾材料となった肥料の購入レシートに残っていた指紋や、衣類から検出された爆弾成分などの物証で犯行は立証された。
弁護側は減刑のみを主眼にした法廷戦術を展開。FBI提出の証拠のあいまいさを突き、検察側との司法取引で免責特権を与えられた元軍隊仲間の証言は信憑性がないとしたが、陪審員への説得力に欠けた。
その上で、検察側が事件の動機としたブランチダビディアン事件を逆手にとり、女性や子供を含む約80人のカルト集団信者らを死亡させた「国家権力の横暴」に対する被告の怒りを多くの米市民が共有しているとし助命を訴えた。
裁判は2カ月で結審。12人の陪審員(男性7人、女性5人)は4日間にわたり計23.5時間にのぼる審理を行った。 その結果、陪審団は11の訴因すべてについて有罪を評決。評決が言い渡される間、マクベイ被告は無表情で判事を見つめていた。傍聴につめかけた遺族や生存者らの間ではすすり泣きがもれた。被告側は上告した。
テリー・ニコルズは爆破の現場にはいなかったが、偽名で納屋を借り、マクベイが爆破の原料を貯蔵するのを助け、逃走用の車を貸した。また、自分自身でも硝酸アンモニウムを40袋購入している。

 

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